大阪地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決
原告 大西末子
被告 大阪府知事
一、主 文
被告が昭和二十六年三月六日訴外大西仙太郎所有の昭和二十五年度産米銘柄旭、等級五等数量三石六合九勺につき原告をその管理者として、なした収用処分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
原告の夫仙太郎は農業を営むものであり主文記載の産米は、仙太郎が生産して所有していたものであるところ、被告は昭和二十六年三月六日食糧緊急措置令第二条に基き、原告を右産米の管理者として原告に収用令書を交付してこれを収用した。
然しながら右収用処分は左記理由により違法である。
(一) 同条所定の処分は原則として所有者に対してなさるべく、但書に該当する場合にのみ所有者以外の者に対してなさるべきであり、本件収用は但書に該当しないから、被告は石産米の所有者である仙太郎に対して令書を交付して収用すべきであつたのに、これが管理者にあらざる原告を名あて人として収用したのである。原告は自作農を営んでいる仙太郎の仕事を農繁期だけ手伝つていて、仙太郎が昭和二十四年十月十日居住地の農事実行組合から除名されて以来仙太郎より供出に関する一切の事項の委任を受け同人を代理しているが、供出米に関する権利及び責任は全面的に仙太郎にあつて、本件産米の所有者並びに管理者は仙太郎であり、原告はこれが管理者でないのである。
(二) 仙太郎の昭和二十五年度水稲作付実施面積は四反一畝十五歩であるにも拘らず、同人にかかる農業計画はその作付面積を五反六畝二十九歩としこれに基いて生産数量を算出されているので原告に於て、同年七月十九日その旨異議を申立てたが、何等の理由も説明せず、異議を棄却し、面積不当のまま、その指示を受けその後被害補正があつて同年度の同人の供出数量が結局三石六合九勺と決定せられたものである。
又各生産者別農業計画の指示は遅くとも水稲作付作業開始前である五、六月頃迄になされるべきであり従前はその頃なされていたのに仙太郎に対し、同年度の指示があつたのは、その時期を過ぎた同年八月五日であり、右は食糧確保臨時措置法所定の指示として無効である。右の如く仙太郎に対する同年度の指示は作付の時期を過ぎた後迄行われず、且つ同人がそれ迄第三者と共有していた農耕用の牛を作付前に共有者が勝手に処分して了つたので、同年度の水稲の作付は専ら親戚の牛を借りて行つたため、やむなく四反一畝十五歩の作付をし他の一反余は畜力の必要でない蓮根に転作したのである。従つて右農業計画の指示は違法であるから原告は右供出割当の是正を受け次第供出する積りであつたところが前記の如き収用処分があつたのである。よつて以上、何れの点よりするも被告のなした収用処分は違法であるからその取消を求める。
と述べた(立証省略)。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、
被告が原告主張どおりの収用処分をなした事実、及びその処分に至る迄の経過として、昭和二十五年八月五日農業計画の指示がなされた事実は認めるが、本件収用処分に違法の点はない。
(一) 収用は本来は当該米穀の所有者である仙太郎に対しなされるべきであるが、常々原告は供米に関し夫仙太郎は何等関知しないところで、この問題の処理は一切原告が引受けていると称していたし、又収用当日、係吏員が仙太郎方に赴いたところ、原告が応待して夫の行方について何等答えず唯不在とのみ答えるので、附近を探したが仙太郎に面会することができなく同人に令書の交付をなすことが困難であつたためやむなくその妻である原告を当該米穀の管理者と認めて令書を交付したところ、交付後仙太郎が現われたのでその旨を通知し、同人より本件産米の引渡を受けたのである。又原告を本件産米の管理者と認めたのは元来夫婦は利害関係を一にした共同体であり、家事全般に対して共に管理権を併有するものと解されるし、婚姻中に得た農産物の如きは夫婦の共有に属するものと推定されるから、共有権者として当然にこれを占有する権限があるのである。仮に右主張が正当でないとしても、原告は仙太郎から委任を受けて本件産米を占有していたものであるから、食糧緊急措置令第二条にいわゆる管理者であり、同人にした収用手続は適法である。
(二) 仙太郎にかかる昭和二十五年度農業計画は作付面積を五反六畝二十九歩として生産数量算出の基準としたが食糧確保臨時措置法に基く農業計画は主要食糧農産物の生産数量、若しくは供出数量についてであり作付面積についてではない。生産数量の枠内に於ては作付面積と反当収量との調整は自由に各人の農業経営に応じてなすことができるのである。
仙太郎は村当局が農業計画策定資料として行つた同年度水稲作付計画調査に対し回答しない為、やむなく、仙太郎の耕地所有面積九反四畝二十四歩及び昭和二十四年度水稲作付面積六反二畝二十八歩を勘案して、昭和二十五年度の作付面積を五反六畝二十九歩としたのであり、且つ計画面積と実施面積との相違は府が当時の食糧事情から不急農産物の転作をしないように地方事務所を通じ関係町村に通達し、原告及び仙太郎は、この事情を知悉しながら村当局に連絡なしに収入の有利な蓮根の転作をした為であるから割当面積の不当の主張は理由がない。
又食糧確保臨時措置法には農業計画の指示の時期については何等の規定も存しないから可及的早期に指示することが、単に行政的措置として望ましいと言うに過ぎない。そして本件指示の時期は農学的にみて、近畿地方の如き暖地にあつては八月上旬より最も重要な成長期に入り、寧ろ、この時期の栽培管理の如何により収穫が決定されるのであつて、本件指示はその時期を失したものではなく処分の効力に消長を来たすべき瑕疵ではない。よつて原告の請求は何れも理由がないから失当として棄却さるべきである。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
昭和二十六年三月六日、原告主張の如き収用処分が被告によつてなされた事実、及びそれに至る経過として昭和二十五年八月五日、仙太郎に対し農業計画の指示がなされた事実はいずれも当事者間に争いがない。原告は本件収用処分は食糧緊急措置令第二条但書に該当する場合でなく、原告は本件産米の管理者でないのに原告を管理者としてなされていると主張するので、この点について判断する。
そこで同条但書によれば所有者以外の者に令書を交付して収用する要件として「所有者知レザル場合其ノ他所有者ニ(令書ヲ)交付スルコト著シク困難ナル場合」、「権原ニ基キ当該主要食糧ヲ占有スル者(管理者)ニ対シテ(令書ヲ)交付スル」の二つのことが定められているところ、本件産米の所有者が仙太郎であつたことは当事者間に争いがないから、本件収用処分が適法であつたか否かを判断するためには、(一)仙太郎に収用令書を交付することが著しく困難であつたか、(二)原告は権原に基いて本件産米を占有していたかということを考えてみなければならない。
(一) およそ、相手方に通告することを必要とする行政行為は相手方が知り得る状態におくことを要するも、相手方の受領は必ずしも要件とせられないものであるから、行政処分をするために法律上書面の交付が要求せられている場合に於ても特段の事情のない限りこれを本人に手交することは必要でなく、同一世帯員とか雇人に渡す等相手方が右書面を知り得る状態におくときは、交付がなされたものと解すべきである。従つて食糧緊急措置令第二条本文によると主要食糧を収用せんとするときは所有者に収用令書を交付することが要求せられているけれども、この場合令書を所有者に直接手交する必要がある如き特別の事情が考えられないから、令書の交付は所有者と同一世帯にある者又は雇人等にこれを渡せば足り、所有者に令書を交付することが困難であるといわんが為には、単に所有者に手交することが困難であるのみならず、これ等の者に手交する等の方法により所有者に於て令書の内容を知り得る状態におくことも困難な場合でなければならない。しかるに本件収用処分に於ては、本件産米の所有者仙太郎の妻である原告に本件収用令書を渡しているのであるから、仙太郎に対する収用令書でも原告に渡すことにより仙太郎の知り得る状態において交付することができた筋合である。加うるに成立に争いのない甲第三十三号証によれば本件収用処分の際は、収用担当官吏と共に司法警察員三木八郎が捜索差押許可状を所持して仙太郎方に同道し午前九時から四十分間に亘り同人方住居及び納屋を捜索し奥の間にいた仙太郎に会つている事実が認められるし、被告の主張によるも本件収用令書を原告に交付した直後に担当官吏が仙太郎に会つて収用の旨を告げているのであるから、捜索の終了する迄の数十分の間待つておれば仙太郎に会つて直接令書を手交することもできた筈である。右の如くいずれにしても本件収用処分の場合は仙太郎に収用令書を交付することが著しく困難であつたものと認めることができない。
(二) 我が民法は夫婦の財産関係につき別産制を採用し、夫婦が婚姻前から有した財産及び婚姻中自己の名で得た財産を各自の特有財産としながら、財産管理に関しては、特別の定をしていないから、これ等特有財産はその所有者に於て管理するものと解するの外はない。そして夫が自己の名で経営している農業で得た生産物は夫の特有財産であるから、これが管理権は夫に属するものというべく、妻が農業に協力していて、その内助が生産に寄与するところ大なるものがあつたとしても右生産物を共有なりとし、妻にその管理権があるということができない。一般農家に於て農業経営者になつていない主婦が農産物の占有に関与している関係は特別の事情のない限り、農業経営者の占有機関としてこれを所持しているものと解すべく、独立の占有者としてこれを所持しているものと解すべきではない。
翻つて本件について考えるに、仙太郎が農業経営者であり本件産米の生産者であることは当事者間に争いのないところであるから、本件産米は仙太郎の特有財産としてその所有に属し、これが管理権も仙太郎が有しており、妻たる原告は仙太郎の占有の機関として、これを所持していたものと認めなければならない。被告は原告が仙太郎の委任を受けて本件産米を占有していたと主張するけれども、同居の夫婦の一方が他の一方を占有に協力せしめるには占有の機関としてこれを所持せしめれば足り、独立の占有者として代理占有せしめるが如きことは通常考えられないところであつて、本件に於ても仙太郎が原告に独立の占有権を与えていたものと認めることができる証拠はない。もつとも原告が仙太郎から供出に関する一切の事項の委任を受けていたことは当事者間に争いがなくこれを認めるに足る証拠もあるが、原告が仙太郎の供出事務を処理する為に独立の占有権を取得する必要は少しもないのであるから、右委任があつたという事実から、直ちに原告が独立の占有権を有していたものと断ずることができない。
果してしからば、本件収用処分は本件産米の所有者なる仙太郎に対して収用令書を交付することができた場合であるのに交付が著しく困難なりとし、又原告が権原に基き占有していた者ではないのに原告を管理者としてなされたものであつて、食糧緊急措置令第二条但書に反する違法の処分であるから、これを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 乾久治 前田覚郎 福井秀夫)